さて、
最近とっても興味をソソル話題が出ているので、
じゃぁ、私も一つ。
プロジェクターである。
話題の在処(ありか)はK-DMCさんの掲示板。
【参照】K-DMCさんHP
http://www.k-dmc.com/今後のプロジェクターについての話題で、結構盛り上がっている。
そう、
プロジェクターは、今後、どのように発展して行くのであろうか?
私は先般、マスモニに感動したと言う文章を書き上げたばかり。
今の所、
私の嗜好はすっかりブラウン管にばかり行っている。
(拙宅では現在、Victor HD36D-1500を使用。)
けれど、
何もプロジェクターが悪いと言っている訳ではない。
それぞれの一長一短をオーナーがどう捉えて行くか?と言う観点から、
私はブラウン管を選択したいのだ、と言う事も、前々から述べさせて頂いている。
ところが、
ここに、大変興味深いご意見を仰られる方がいらっしゃった。
「ブラウン管とプロジェクターでは、
そもそも、それらの位置するフィールドが違うのではないか?」
実は、
この点について私なりに論証してみたい、と言うのが今回のテーマ。
果たして、ブラウン管とプロジェクターとでは、
元々、追求すべきモノが違っているのであろうか?
元来、
二つの持つ特徴は全く異なっていると言う事は、皆さんよくご存知だ。
大画面の持つ大迫力!
ホームシアターを醸し出す雰囲気!
プロジェクターには、シネマライズできる楽しみが過分に揃っている。
一方のブラウン管と言うと、
画面が小さい・・・。
重いし、置き場所にも困る・・・。
(うーん、こう書いていると、まるでダメ男君だなぁ)
ブラウン管にゃぁ、不利な点がやたらと目に付いてしまう。
だが、
そんなに弱っちいブラウン管にも、
プロジェクターに戦って行ける武器は兼ね備えている。
解像度(輪郭が綺麗)。
質感(色の出方や乗り方)。
こと、絵作りにおいては、
ブラウン管は、プロジェクターどころか、他の陣営の追随すら許さない。
(ちなみに、液晶は黒がテカるし、プラズマはドット感がどうしても気になってしまう。
でも、クオリア005が発売されて、形勢逆転の部分も。)
つまり、
私がブラウン管を選ぶ理由と言うのは、
その絵作りについて買っているのである。
じゃぁ、
それぞれの用途は別々の所にあるのか?と言うと、
こと私に限って言えば、全くの一緒である。
地上波のTVを見る時間より、
DVDやD-VHSで映画を楽しんでいる時間の方が遥かに多いのだ。
いや、
映画を楽しむためにこそブラウン管を導入しているのだと言っても、
全く差し支えないだろう。
なぜなら私は、コテコテを好む人なのである。
では、
プロジェクターに対して、ブラウン管並みの解像度や質感を求めて行く事は、
果たして、無謀な事、あるいは筋違いな事なのであろうか?
具(つぶさ)に見ると言う事と、映像に浸る事ができると言う事、
それは、それぞれ、全く違うスタンスなのであろうか?
私はこう考える。
それは、アナログに対する技術者の挑戦ではないかと。
映画のフィルムについて考えてみよう。
詳しい構造は、門外漢の私にはチンプンカンプンであるが、
とにかく、レンズに写った映像をそのままフィルムに焼き付けている以上、
記録すると言う事において、
それは極めてアナログ的な保存方法である事が分かる。
あるものを、あるままに、写しているのだ。
(感度とか露出とか持ち出すとややこしいので、ここでは言及しない。)
ところが、
その素材(ソース)を、電気処理を通した上で見てしまうと、
途端に映像の質自体が変わって来てしまう。
DVDで記録しようが、D-VHSで記録しようが、
あくまでそれは、電気処理と言うフィルターを通して記録する、と言う事であり、
フィルターを通して出て来るものである以上、
記録された映像がソースと違って来ると言うのも当たり前の話である。
じゃぁ、
記録されたものにバイアスが避けられないのなら、
できるだけ良いフィルターを作り出そう、
そう考えるのは、実に前向きな話であり、
各社、凌(しの)ぎを削っているのは、実にこの点であると考える。
ある程度の変質がしょうがないのなら、
鑑賞する上において、
出て来た映像を、どれだけ気持ちの良いモノに仕立て上げる事ができるのか?
電気処理を施された記録ソースを
電気処理を施された再生機器を使って、
電気処理を施された映像機器で映し出す。
物事はシンプルな方が良い、と言う事は往々にしてよくある事で、
焼いた写真にそのまま光を当てて映すだけと言う、
とっても単純な構造から作り出された映像に対して、
どれだけ、技術者の叡智や経験でもって挑む事ができるのか?
そのアプローチとして、
解像度を上げてみようだとか、質感を向上させようだとか
そう言う話が出て来てしまうのだと、私は考える。
そして、
各技術者がこれまで編み出して来た映写フォーマットには、
実に多種多様なそれが存在し、
プロジェクター、ブラウン管、液晶、プラズマ、SED、
それぞれ全くタイプ違うフォーマットが混在してはいるものの、
しかし、私の志向からすれば、目指すべき方向は一緒なのだと考える。
いかにアナログ的記録再生方法に近付く事ができるのか?
レコードに挑むSACDみたいなもので、
しかし、音響機器にしても、
「細かい描写ができる=優秀再生機器」では決してない。
精緻な描写力を備えた上で、
音の厚みや、音触の心地良さ、
更に、トータルバランスを調整する事が非常に重要な事であり、
各社各様、各種各品、
この辺が、作り手側のセンスを大いに問われる部分である。
すなわち、
映像機器においても、この作り手側のセンスと言うものが非常に大事なのであって、
映像におけるトータルコーディネートは、
音響機器以上に、重視すべきであると考える。
つまり、
解像度や質感、
それぞれ、技術的に追求して行く事は非常に良い事であって、
しかし、その一方で、
トータルカスタマイズ、
全体的な絵作りをした上での解像度や質感である、と言う事に
充分に留意しなければいけないのである。
目指すはアナログ映像。
耳がアナログ的なものを自然に心地良く感じてしまうのと同様、
目もアナログ的なものについつい引き込まれてしまう。
多種多様な映写フォーマットにおいても、
絵作りと言う点においては、全く同じスタンスなのであり、
技術者の、アナログに対する種別のアプローチ方法であるとも言える。
そして、
今までの歴史が長い分、
解像度において、
質感において、
トータルコーディネートにおいて、
絵作りと言う点では、ブラウン管には一日(いちじつ)の長があるのである。
「そいでも、あんた、
もし小金が舞い込んだら、
NECのHT1100Jを所望したかったんじゃないのかい?」
―ギクっ!
ブラウン館の住人といえども、シネマライズ願望と言うものはモチロン存在し、
すなわち―、
拙僧に節操なし!
グリーンジャンボが待ち遠しい、今日この頃なのである。
<了>
【参照】NEC HT1100J
http://www.nevt.co.jp/pjs/ht/ht1100j.html